計文于と朱衛兵はテキスタイルによる彫刻という、アートの新たな道を発見し突き進む冒険者だ。
かつて絵画を描いていた计文于は、現代アートの新たな地平を模索する中で、キャンバスに描くという絵画の表現に対する限界を感じたという。一方、デザイナーとしてファッション業界にいた妻の朱卫兵もまた、産業としてのファッションに飽き飽きしていた。そんな彼らが新たな表現の素材としてテキスタイルを手にしたのはもはや必然と言っていいだろう。ふたりで話し合い、ともに手を動かしてテキスタイルを裁ち、縫い、組み合わせることで生まれるソフトスカルプチャーは、ふたりをひとりのアーティストとして完成させたといえるだろう。テキスタイルによる彫刻は、中国の伝統的な工芸や暮らしの風景を連想させながらも、全く新しいアートとして常に挑戦的であり続けた。


キッチュとアート
しばしば彼らは中国現代アートにおいてキッチュを代表するアーティストだと語られるが、そもそも「キッチュ(ドイツ語:Kitsch)」という言葉の意味をふり返ってみると、正統的な芸術ではない大衆的で俗受けを狙ったものを指し、決してポジティブな意味ではない。美術批評家クレメント・グリーンバーグの1939年のエッセイ「アヴァンギャルドとキッチュ」は20世紀の美術史を語る上で重要なテキストのひとつだが、その中で彼は美術史の正当な文脈としてある「前衛芸術(アヴァンギャルド)」に対して後衛的(リアガード)な芸術、または大衆文化を「キッチュ」と語っているのだが、アートがさまざまな分野と融合することで新たな表現を獲得している今、そもそも芸術とはそれほどまでに高尚であり続けなければいけないのだろうかという疑問を免れることはできない。
事実、改革開放によって唐突に社会が変革し、まるで隕石が落ちるかのように現代アートが誕生した中国において、アーティストたちはキッチュ、またはポップという低俗で荒唐無稽なブラックユーモア的手法をもって、中国の社会構造を批評的に描き続けてきた。芸術や社会、正義や英雄といったものがそれほど大層なものではないのではないかという疑惑を、大衆の視点から風刺してきたといってよいだろう。


ユーモアに込められた人間愛
計文于と朱衛兵が表現するのもまた、中国の社会構造やそこで生きる人間の有様への批評的視点だ。たった一つの赤い椅子を争う人々を表現した《誰も落ち着いて腰掛けられない(谁都坐不稳)》は、激しい競争社会の中で誰もが安定した椅子を目指すけれど、そのために誰もが安定できずにいるアンビバレントな有様を示唆している。全長6メートルにもなる大作《人類壮挙(人类壮举)》はダムから水が流れ落ちるその先に小さな人間の姿が表現されている。大自然のなかで人間はほんの脇役に過ぎない小さな生き物であるにもかかわらず、山を切り開きダムをこしらえ人間の道具として思うがままにしようとしている傲慢に対する批判と読み解くことができるだろう。
計文于と朱衛兵の作品で表現される人間は傲慢であり卑小であり、不自然でへんてこな存在だ。それらを柔らかなテキスタイルで形作ることによってシニカルなメッセージはユーモアへと変わり、人間というどうしようもない存在を見つめる计文于と朱卫兵のあたたかな眼差しを伝えてくれる。
テキスタイルとは人間生活と深く結びついてきた「行為」である。つねに我々の暮らしとともにあり、レディメイドでもあるテキスタイルを素材とするからこそ、计文于と朱卫兵の作品には名もなき市井の人々の暮らしの陰影を発見することができ、その大衆性は社会を批評する視点に大きな説得力を与えている。それこそをキッチュというのであれば、何千年という歴史の中で人類が絶え間なく糸を織り、紡ぎ、布を裁ち、縫い合わせ、衣服を纏ってきた行為こそ壮大なインスタレーションであり、計文于と朱衛兵のアートは「人間」そのものを彫刻化する行為といえるのではないだろうか。
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计文于 Ji Wenyu(b.1959)& 朱卫兵 Zhu Weibing(b.1971)
計文于(1959年生まれ)と朱衛兵(1971年生まれ)は、2003年以来、 共にソフト・スカルプチュアの制作を中心に取り組んでおり、現在は上海で活動している。
計文宇とその妻、朱衛兵が制作するソフト・スカルプチュアは、 現代アートの分野において「唯一無二」である芸術言語を使ってユニークな作品を私たちに見せてくれる。 素材に布を選んだのは偶然ではなく、服飾デザインに携わってきた朱衛兵の過去の仕事と関係があるという。
布は民芸品、美術工芸品、玩具、ファイバーアートに利用され、柔らかく、温かみがあり、素朴で原始的で、少し混沌としているが、作家はそれを現在や現代と結びつけたいと考えている。 綿で包まれた一枚の布は、丸、四角と形を変え、他者に決められることなく自らの性質に従う。布で正確な再現をすることは難しいが、そこから思いがけない偶然を生み出す可能性を秘めている。 構想、デザイン、制作、完成を経て、彼らは庭園風の風景、舞台のような飾りつけ、伝統的な「中国風」の布製人形を巧みに作り出し、世の中のあらゆる出来事の傍観者として彼らが見た現代社会の理想と偽りを表現している。
主な個展
2019 計文宇 & 朱衛兵:_事だらけ、上海獅子語廊、上海、中国 計文宇 & 朱衛兵:_レスキューステーション、SQUARE GALLERY、上海、中国 2016 計文宇 & 朱衛兵:_登山 – 下山、Noggin Hotel、北京 2011年 計文宇 & 朱衛兵:フォロー! フォロー! フォロー! ShanghaiART M50、上海 2007 「花をかかげる人々」、計文宇&朱衛兵、ShanghaiART M50、上海
主なグループ展
2023 「物の中の物ではない」、シャンディ・アート・センター、上海
2022「重ねられた影-複数の対話の可能性」、朱其山美術館、上海 メタモルフォーゼ、朱其山美術館、上海
2020 中国現代美術年鑑展2019、上海多伦現代美術館(上海)、平山美術館(深圳
2019 国境なき帰還-第3回杭州繊維芸術トリエンナーレ、浙江省美術館、杭州
2018 Art Awakens the Countryside-2018 China Yanping Rural Art Season、延平、福建省
2017 Art Ties-Ningbo、中日現代作家交流展、寧波、中国
2016 アーバン・タッチ、クンストハレ・ファウスト、ハノーファー、ドイツ 不況と供給、第3回南京国際美術展、八彩湖美術館、南京
2015 新王朝-中国における創造、オーフス美術館、デンマーク
2014 アイディアの収束、ShanghART Singapore、シンガポール
2013 Summer Window、ART&PUBLIC、ジュネーブ、スイス Non-Collaborative Approach 2 中国現代美術アーカイブ、フローニンゲン美術館、オランダ
2012 ドラゴンエイジ-上海からの現代美術、RAUMA美術館、フィンランド
2011 中国盆栽-現代アーティスト推薦展、バレンシア近代美術館、スペイン
2010 「The Big Draft」ベルン美術館、ベルニエール、スイス
2009 第6回アジア・パシフィック・トリエンナーレ、クイーンズランド・アート・ギャラリー、オーストラリア
2006 第6回上海ビエンナーレ、ハイパーデザイン、上海美術館、上海、中国
アーティスト取材|計文于&朱衛兵